読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

REDESIGN

生活のコンディションについてのブログ

「今日は良い日だった」といつも思える思考法

f:id:sumi707:20170221125302j:plain

今回は、一日一日をポジティブな感情で終われる方法をご紹介。

 

まず、一日の終わりに、ポジティブな感情で締めくくれると、その日の一日は、おそらく「良い一日でした」と思うことができると思う。

その日に、悪いと思う出来事、例えば「上司に怒られた〜」とか、「友達と喧嘩してしまった〜」などがあったとします。

多くの人達は、その日は「悪い日」だったと片付けてしまいます。

しかし、この感情をプラスの感情とはいかないまでも、中和できるとしたらどうでしょう。

おそらく「悪い日」だったとは思えなくなると思います。

怒られたことについては

「そういう考えもあることに気が付けた」

「気が引き締まった」

「より良い方向に誘導されている」

「怒られたことには意味がある」

など、無理やりにでも、嫌な感情を中和してしまうのです。

喧嘩したことでも、衝突したことによって何かに気づけた点があるかもしれませんし、相手の考えが少し理解できたくらいに考えておくと、中和されます。

ネガティブな感情は、ネガティブな感情をさらに引き寄せてしまうところが怖いところ。これが習慣化されると、物事に対して、悪いところを見つける名人となり、ネガティブ感情が知らず知らずに増幅され続けます。

 

「思考は現実化する」とナポレオン・ヒル博士が言っている通り、ネガティブな考えは、ネガティブな出来事を創造していきます。

 

人間は、中立の立場にある物事に対して、「これは良い」「あれは悪いと」勝手に意味をつけます。そして、すべての物事は、その人が捉えたとおりになるということです。

簡単にいうと、その出来事が良いか悪いかを選択できるのは本人次第であり、その人が抱いた感情自体は、その人自身の責任となるのです。

悪いことがあって、悪いのではなく。

良いことがあって、良いのではなく。

出来事というものに、勝手に自分が選択した感情をくっつけているだけのこと。

 

物事への感情が選択できるということは、その日を「Good day」にするも「Bad day」にするも、あなた次第。

選択する自由があるのなら、どうせなら「Good day」にした方がよいですよね。

 

では、どんな一日でも「Good day」に変えてしまう簡単な方法は…

 

「日記」です!!

 

えっ!とお思いでしょうが、誰でも書いたことのある日記です。

 

心理学の世界では、「ピークエンドの法則」というものがあります。

簡単にいうと、物事の最後に「不快」か「不快でない」かを感じることで、その物事に対しての感情が変わるというもの。

物事の最後に「不快」と判断された場合、それをもう一度しても良いという感情が低下し、逆に「不快でない」と判断された場合、それをもう一度行っても良いという感情が高まるという実験結果が出ています。

要は、物事の最後に受ける感情が、その物事に対する「良い」「悪い」を判断することに大きく影響するのです。

 

これを、一日の出来事に当てはめてみると、寝る前の時点での感情が、その日の「良い」「悪い」に大きく影響すると言えます。

 

ということは、寝る前にポジティブな感情で締めくくり、どんな一日でも「Good day」に変えてしまうことができます。

そして、簡単にポジティブな感情に変換させてしまうツールが「日記」です。

題名では「良いことプチ日記」と記載していますが、その日の良かったと思えることを書いていく。箇条書きでも何でもよいので、とにかく書いてみる。それだけでも、心の中に幸せな感情が芽生えるはずです。しかも、一日の良いところを見つける練習ができ、普段の生活の中でも、「良い出来事」を探す名人になっていきます。そのような癖がつくと、どんどん生活はポジティブな感情で埋め尽くされていき、ネガティブな感情がつけ入る隙を与えなくなります。

 

では、問題は、その日に起こったネガティブな感情を持ってしまった出来事について。

「嫌だったなぁ」「腹が立った!」と思う出来事は、やはりネガティブな感情が生まれると思います。そこで、一日の最後にあたって、この感情に終止符を打たなければいけません。

どうするかというと、単純に「良いこと」として捉えなおすことです。物事は先ほど言ったように、その本人が中立的な物事に対して、感情を付け加えているだけ。

自分自身が「悪いこと」として捉えたのであれば、逆に「良いこと」としても捉えられることもできるはず。それが無理なら、中和してしまうのです。

なので、一度、その出来事を「プラスの出来事」に捉え直せないかを考えてみます。

そして、もしそれが成功すれば、そのことを日記に書きます。

 

「とは言っても、嫌な出来事を、無理やりいい出来事に変えることって無理があるんじゃない?」

と思うかもしれません。

そこで、裏の手を使います。

上記の方法で無理であれば、話を勝手に作ってしまうという方法。

そのネガティブな出来事の続きを勝手に作成して、ポジティブに変えちゃうという方法。

 

例えば、「今日、上司にこっぴどく怒られた」という出来事。

これを

「きっとこの出来事には続きがあって、未来の幸運な出来事に繋がっているのだ~」

と勝手に考えてしまう。

これを「バカらしい!!」と一言で片づける人は多いと思いますが、この効力は計り知れないものがあります。

先ほども紹介した「思考は現実化する」のであれば、その良い方に勘違いした方が良いと思います。もし、その物事を悪く捉えると、それはあなた自身の思考であり、現実化するのです。

 

このように、中立的な物事に対して、中立的もしくはポジティブな感情を与える練習をすることによって、そのような思考の好循環が生まれていきます。

そうすることによって、日常生活の中で、ちょっとしたことが幸せだったり、日常の中に潜む不安や怒りが幻想であることに気が付いていくのです。

これは、宗教的な考え方だと思うかもしれませんが、最近では、科学的にも立証されている考え方の一つになっています。

 

最後に、日記を毎日書くコツをお話しします。

ネガティブな感情をポジティブの意味合いに変える、とは言いましたが、あえてネガティブな感情を探す必要はありません。探すのはポジティブな感情です。

ネガティブな感情が消えない場合にのみ、感情の変換を使用することをお勧めします。

100円ノートとペンを用意して、毎日10個程度書き出すのが良いと思います。あまり多いと続かないと思います。そして書いたときに、その時の幸せな感情を呼び覚ましてみるのも良いかもしれません。

そうすることで、一日のハッピーな出来事にフォーカスしやすくなりますし、物事の捉え方が変わっていくのではなしでしょうか。

 

まとめ

  • 一日の終わりに、ポジティブな感情で締めくくる
  • 物事に、どのような感情を与えるかは、本人の責任
  • ネガティブな出来事を、中和もしくはポジティブな感情に置き換える
  • 一日の終わりに、今日の良いこと日記をつける

 

追伸:感情は物事から生まれるのではなく、それを見たあなたが、それをどうとらえるかだけです。自分自身の感情が生まれたときに、その感情と向き合ってみるのも良いかもしれませんね(*'▽')

 

生活を豊かにする「ヒュッゲ」的な生活

f:id:sumi707:20170105213319j:plain

デンマークにはヒュッゲ(Hygge)という言葉があるのはご存知でしょうか?

あまり日本では聞きなれない言葉だと思いますが、

デンマークの人たちが大切にしている文化的な言葉の一つです。 

この言葉は、せかせかと日々忙しくしている私たち日本人を少し、スローにさせてくれる言葉だと思っています。

 

この「ヒュッゲ」の意味は、実は他の国の言葉では正確には訳せないと言われていますが、あえて日本語で言い表すと

「なごみ」

「だんらん」

「居心地のよさ」

 が 一番近い意味を持つ言葉だそうです。

 

デンマークでは寒い冬が長く、日照時間も短いために、家の中で過ごす時間が自然に多くなります。

(※気温が一日中氷点下となり、一日のうち16時間が夜となる季節)

 そのため、家族や友人と一緒に、ろうそくの光のもとで食事をしたり、暖炉の前でホットドリンクを飲みながら本を読んだり。

 

このようなゆったりとした心地よい時間の中に身をおくことを非常に大切にしているのです。

 

日本においても、デンマークのような厳しい冬がなくとも、このヒュッゲのような時間の過ごし方も、たいへん参考になると思います。

 

このような時間に身を置くことは、過去でもない、未来でもない、今ここにある自分を十分に感じることができる時間。 

日常の仕事や人間関係のことなど、いろいろと先の不安や、過去の後悔など。ついつい今の時間を楽しめないように自分を追いやってしまう人ほど必要な時間。

 

そんなときに「ヒュッゲ」という言葉を思い出していただき、

今、何か楽しむことが出来るように行動してみるのも良いのではないかと思います。

 

例えば、

・部屋を暗くして、キャンドルをともしてみる。

・暖かい紅茶を入れてみる。

・部屋の電気を暖色に変えてみる。

・アロマオイルで香りを楽しむ。

 

などなど、できることはいろいろあります。

そういう時間を生活の中に少しでも取り入れてみると生活の雰囲気が少し変わっていきます。

ちなみに、私は冬であれば、暖炉みたいなものはないですが、石油ストーブの前で、低い椅子に腰掛けて、オレンジ色の光のもとで読書するのがお気に入りの時間です。

 

またヒュッゲという言葉は、ノリウエー語の ”幸福” を意味する「Lykke(リッケ)」が起源とされており、19世紀にデンマークで登場したと言われています。

またヒュッゲの形容詞として「Hyggelig(ヒュッゲリー)」という言葉があり、心地よい、安らぐ、くつろぐ、の意味になるようです。

 

ヒュッゲは忙しく、慌ただしく生活されている方に「もっとゆったり生きていけばいんじゃない」と語りかける魔法のコトバではないでしょうか(^^)

 

「感謝する」の便利な効能とは…これを知らないと損します!

f:id:sumi707:20170219200836j:plain

たくさんの本を読んでいると「感謝」というキーワードが多く出てきます。「感謝」っていうと、信仰的なイメージがありますが、私自身は信仰しているものはありません。しかし、過去・現在の世間でいう成功者と呼ばれる多くの方々が口をそろえていう言葉に「感謝」というものがあり、どうしても私自身は無視できないワードとして存在し続けていました。最近になり「感謝」というものがもたらす効力について、自分なりにまとまったことについて、今回はお話ししようと思っています。

 

昔から「人に感謝しなさい」「何事にも感謝しなさい」とよく言われ続けました。

子供の頃からそのように言われて育ってきた方は多いと思います。

しかし、「感謝しろ!感謝しろ!」と言われたところで、素直に感謝できないのが当然ではないでしょうか。感謝するのは良いことだと大半の方は理解はできているとは思いますが、いわば強制的に言われ続けたために、「感謝する」ということに抵抗感があるのではないでしょうか。

私も親や周囲の大人に感謝することをいわば強制されてきた者の一人です。

後々考えてみると、その多くの親や大人たち自身が「感謝すること」へのしっかりした理解が出来ていなかったのではないのかと思うのです。

「感謝することが大切」という、いわば常識という観点からしか、説明できなかったのではないかと思います。

 

先ほど述べたように、私が、愛読している自己啓発や人生観について書かれている多くの本の中には「感謝する」という内容が、驚くほど書いてあるのです。私自身は最初は、「きれい事」として見て見ぬふりをしていました。そのため感謝することに対する認識はできていませんでした。

 

しかし、最近ではこの「感謝する」という自分の状態が、生活のコンディションを高めるためには必要不可欠なものではないかと思い始めたのです。

 

では、感謝するとはどういうことなのか。

まずは感謝の例として、

「親に感謝!」

「家族に感謝!」

「仕事ができることに感謝!」

「健康でいられることに感謝!」

「全てに感謝!」

これだけ見ると、「大人の綺麗ごと」といってしまいそうですが、この感謝が、あるかないかで生活の質が全然違ってくるのです。

 

感謝の気持ちを常に持っていると、

  • ネガティブな思考に陥らない。
  • 誰にでも自然に接することができる。
  • 今いる自分の環境を素直に喜べたり、楽しむことができる。

多くの人は、他人に対しての恨みや妬み、自分の環境に対する文句など、ネガティブな感情とともに生活しています

以前の私もネガティブ感情を日々、心の中にたくさん持って生活していました。

このネガティブな感情は、さらにネガティブな感情を呼び、どんどんそれを大きくしていきます。そして「人生は苦悩ばかり」と自分で決めつけてしまう結果となるのです。

 

この世の中は、物事があり、それを自分がどう捉えるかだけだといわれています。最先端の研究でも、「物事をどう捉えるかだけで、それ以前はあらゆる可能性があるだけだ」と言われています。

簡単にいうと、起こった出来事によって、それを自分が良いように勘違いするのか、悪いように勘違いするだけ。

日々起こる物事は良いとか、悪いとか決められたものではなく、その物事に意味を与えるのは、本人自身なのです。

なので、起こった物事については、あなた自身の責任となります。

 

そんなことはないはず!と言われそうですが、これが真実に当たるようなのです。

ネガティブな感情は、物事をネガティブに捉えやすくなります。自分に起こる出来事を「悪いこと」と思い込んでしまう癖がついていきます。それがさらにすすむと、もう人生は困難の連続となってしまうのです。ここで忘れては行けないのが、それを選んだのは、当の本人自身なのです。

人間は放っておくと、このネガティブ思考に陥りやすくあるのです。

このネガティヴ思考に進んでいかないためには…

 

ここで「感謝」の力が必要となってきます。

感謝と言っても、無理に感謝する必要はなく、できるところから感謝していくのです。言い方を変えると、物事の良いところを見つける習慣をつけて、それに対して素直に感謝すれば良いのです。

物事の良いところを探す名人を目指しましょう!

ネガティブな感情のつけ入る隙を与えないようにして下さい。

そして少しずつ感謝することが増えると、さらに感謝することが増え、最終的のは全てに感謝することができると思います。

 

追伸:「感謝する」ことは今まで、なぜか「かっこ悪いこと」「恥ずかしいこと」という思い込みが私自身のなかにありました。しかし、「感謝すること」への意味を考えるうちに、「感謝なしの人生なんて損だな。どうせなら感謝してしまうような習慣を持てる方がいいよね」という結論に至りました。

この「感謝」の良いところは、いつでもどこでも無料ということです。こんな便利なものはないのです(^^)/

 

本をたくさん読みたいあなたへ!

f:id:sumi707:20170219183808j:plain

本をたくさん読みたい多くの方がおられると思います。

私自身も、本はたくさん読みたいと以前から思っていますし、今でも思っています。

しかし本を買うとなると、結構な値段がかかります。何冊も買おうものなら、さらに大きなお金が必要となります。

以前そんな感じで、よく図書館の本を借りて読んでいました。

しかし、気に入った本については、何度も読み返したいため、手元に置いておきたいと思うものがあります。鞄の中に入れておき、時間があるときに読み返したいと思うのです。

そのため、最近では気にいった本はなるべく買うようにしています。

 

私自身は経済学、心理学、自己啓発、人生観について書かれている書籍をよく読んでいます。

書店に行くと、このようなジャンルで新しく出版された書籍がたくさん並んでいます。

今までの感覚でいうと、新しい書籍ほど、新しい知識が詰まっており、昔の書籍よりも為になるものと思っていました。

確かに、新しい本には新しい考え、新しい方法などが書かれています。

しかし、何冊も本を読んでいるうちに、気が付いたことがあります。

それは、この世の中には多くの新しい本が出版されており、その大半は昔の本の内容に類似しているということです。

特に、自己啓発や人生観といった内容の書籍では、その傾向が強いと思います。

それに気が付いたことで、あえて新しい本を買って読まなくても良いという結論に至りました。

もちろん新しく出版された書籍も購入するのですが、3~4年前に出版された本や、それよりも以前に出版されたものにも目が行くようになりました。

 

そこで、過去に出版された書籍を購入できる場所、安い値段で購入できる場所としてブックオフをおすすめしたいのです。

当然と言えば、当然だと思いますが、過去の書籍が驚くほど安い値段で買うことができます。さらに書店のように新書の本ではない、過去の書籍の本を多く探すことが出来ます。

インターネットのアマゾンで中古本を買うのも良いのですが、場合によっては送料の負担が大きくなります。

最近では少し大きなブックオフに行けば、たくさんの本を見て回ることができます。

中には100円で売っている本もたくさんあります。

最近、100円で売っている書籍を5冊まとめて購入しました。

5冊買ってもわずか500円!!

値段が安いからといって、内容がイマイチというわけでもなく、1000円払っても読みたいと思う書籍が100円で見つかるのです。

なので、本をたくさんの読みたい方、手元に本をおいてほしい方は、ブックオフなどの中古書籍がたくさんある場所で、本を探すのもよいのではないかと思います。

100円で本を買えることは、私にとっては非常に嬉しいことです(^^)

 

追伸:昔と比べて、本を探せば、いくらでも見つけられる環境(大きな書店、インターネット)であることは、本当にラッキーです(*‘∀‘)

人生の道しるべとして、是非とも、本を活用しましょう!!

 

習慣の変化を嫌う、エゴとの上手な付き合い方

f:id:sumi707:20170214172607j:plain

習慣を変えようと思って行動すると、最初はやる気がみなぎっておりますが、次第にやる気は減退…でも一度決めたことだからと無理やり頑張る…そして苦痛となり「何でこんなことしてるんだろう」「これをして意味があるの…」と自分の行動に疑問を持ち始める。これが続くと、いざ変えてみようという習慣が身につかずに、以前の習慣に戻ってしまう結果となる。多くの方が、ダイエット・運動・禁煙・禁酒など、トライしてみるものの、途中で挫折するのです。

 

では、なぜ一度自分で決めたことが、長続きしないのか?

単純に始めた当初に比べ新鮮さがなくなったということも言えますが、「エゴ」という存在が、この変化に対して抵抗することが言われています。

エゴは「自我」とも言われ、この用語を調べてみると、非常にわかりにくい説明となっていますが、簡単にいうと「自分が自分であるということを認識するもの」。

生まれたての、小さな赤ちゃんは自我がというものがなく、大きく成長するにつれて、自分を自分として自然に認識できるようになってきます。これが自我の目覚めと言うものです。

なので、誰でもエゴ(自我)というものは、心の中に秘められているのです。

では、このエゴがなぜ問題かというと、生きていくうえで、時々暴れ出すことにあります。

暴れるとはどういう意味かと言うと、このエゴの特徴として

 

  1. 分離感を生み出してしまう
  2. 恐怖感を生み出してしまう
  3. 自分を否定したがる
  4. 自分を特別だと思いたがる

 

 「エゴ」は変化をすることを大変嫌うものであり、上記のようなネガティブな感情を出現させ、変化を阻止してしまうのです。

変化を阻止することは、人が恒常性(ホメオスタシス)を保つ機能として必要な場合もありますが、習慣を変える上では、少しマイナスに働く場合も考えられます。

 

では、上記の特徴について簡単に説明すると

 

1.分離感を生み出してしまう

「自分と、他者を比べてしまう」

「孤独を感じてしまう」

「誰かと居ないと寂しい」

「グループに入りたい」など…

他者と自分を比べることによって、自分が劣っているとか、優っているとか判断する。また、人が楽しんでいるのを見ると、自分に喪失感を抱いたりします。

本来、自分と他者を比較する必要もないし、区別する必要もないのです。

 

2.恐怖感を生み出してしまう

「これから先のことが心配」

「過去の失敗を後悔」

「~したらどうしよう」など…

多くの人が、たくさんの心配事、悩みを抱えて生きていると思います。

この心配や悩みは、ほとんどがこれから起こるであろうことを恐れて抱いている幻想にすぎないのです。この先に起こることなんて正確に判断することができないのが人間だと思います。しかも、これもエゴが仕向けていることの一つなのです。

 

3.自分を否定したがる

「私はもうダメだぁ~」

「もう何かをするには遅すぎる」

「禁煙なんて無理」

「私は才能がない」など…

人と話をしていると、自分自身のことを否定する方が少なくありません。

上記でも述べたように、人と区別して比較することによって、自己否定が生み出されます。

 

4.自分を特別だと思いたがる

「これは私以外は誰にもできない」

「私が~で一番」

「私は~である」など…

自分を特別扱いし、他者とは違うことを主張したがります。誰でも、特別扱いしてもらって、悪く思わない人はいないと思いますが、これもエゴがそう思わせるのです。

 

 

さて、この4つの特徴をまとめると

「エゴさん」は自分を自分と認識したがります。そのため、自分という存在と、他の物や人を区別したがります。自分が、ほかの物と人とを区別するために、自分を特別な存在として祭りあげます。また、幻想の恐怖を作り上げて、自己否定をさせ、変化を阻止しようともします。

これを簡単にいうと、

「自分自身という存在を主張させること」

「変化することを阻止すること」

だと思います。

多くの人が抱いている、「自分は特別な存在でありたい、でも現状維持の方が楽」という感情と一致すると言えます。

この「特別な存在」を願うあまり、現実とのギャップによって自己否定的となり、結局は現状維持をすることにフォーカスしてしまうということになる。

 

では、習慣を変えていくにあたって、この現状維持装置のエゴの扱い方が重要となってくると思います。

私自身も、習慣を変えるようになってから、約3~4ヶ月経ちますが、早起き習慣で言うと、朝は寒いため、少し気合いを入れないと起きれないようになっていました。

勝手に冬の寒さのせいにしていましたが、いろいろ考えた結果、この「エゴ」についての理解が出来ていなかったことに気が付きました。

 

習慣を変えようと思った私自身の理由を考えてみると「自分を変えたかった」ということ。今までとは違った自分になりたかったという理由です。

しかし、深層心理では

「他の人よりも良い人生にしたい」

「人と違ったことをしたい」

「特別な存在になりたい」

という心理があったと思います。

また、頑張って習慣を変えていく過程において、

「これをすることで何が変わるのか…」

「これをして意味があるのか…」

など、自分が行う行動について、否定的な感情が出てきたり。

正直、「以前の生活に戻った方が楽かな…」と思った時もありました。

 

しかし、上記すべての感情は、エゴの特徴である「分離・恐怖(疑い)・自己否定・特別感」ということに気が付きました。

 

自分の中で、「エゴが抵抗しているんだな」と気が付くことができたのです。

そもそも、「自分を変えたい」ということ自体が「エゴ」によるもの。

自分行動によって、上記の感情が出てきたときは、エゴの仕業と考えることもできます。

しかしながら精神心理学では、エゴ(自我)は表層での意識では認識できないものと言われており、自分のエゴに気が付くためには、自分の感情を自己分析したり、瞑想によって出現する感情・思考を観察することが良いとされています。

 

ただし、「エゴ」を消す必要はありません。そもそもエゴを消そうとする感情自体が、エゴの仕業なのです。よく「ありのままの自分を受け入れなさい」といわれますが、そうすることで、エゴが暴れ出すのを抑制することが出来ます。

エゴを無視するという行為は、上記で述べたように、それ自体がエゴとなります。

なので、どちらかと言うと、上手にエゴを飼いならすことが大切。

自分の湧き出てきた感情・思考についてじっくり観察することで、エゴは「見つかった!!」という感じで、消えていきます。エゴは宿主に気づかれないようにそろ~と活動しますが、とても臆病であり、その感情に宿主が気付くと、姿を消していくのです。

なので、そのような感情を自分自身が観察できると、恐怖や分離の意識、また「自分だけは」という意識はうすれてゆき、心が楽になっていきます。

もしネガティブな感情が出てきたときは「エゴの仕業ね。ハイハイ」と言う感じで、少し相手をしてあげましょう。そうすれば、その感情はスーっと消えていきます。

また、エゴが仕向けた感情に、自分を重ね合わせないようにしましょう。自己同一化という言葉がありますが、エゴが抱いた感情を、自分自身だと思わないことが大切です。

自分の頭の中に、もう一つの生き物がいて、それを上手に飼いならしながら生活する感じです。

 

よって、習慣を変えたいのであれば、エゴが生み出す感情と自分とを自己同一化せずに、感情をゆっくり観察してみることが良いのではないかと思います。

 

まとめ

  • エゴ(自我)は変化を嫌い、「分離」「自己否定」「恐れ」「特別感」が大好きである
  • エゴは潜在意識下でこっそり活動する
  • エゴは認識されると、姿を消すため、感情に対して、自己観察する
  • 習慣を変えたい場合は、エゴが生む感情に気をつける

 

 追伸:エゴ(自我)というと宗教的なイメージがありますが、様々な環境に対応し、自己というものを認識するためには必要な物。なので自我を消すことはできない。ただしエゴが生み出す感情を自己同一化しないことも大切。

 簡単にいうと、寂しさ・恐れ・自己否定・特別でありたいという感情は、エゴが作り出す幻想にすぎないのです。

 

数年先の健康よりも、現在の健康維持を考えることの重要性‼

f:id:sumi707:20170207102056j:plain

「健康」を保つことというのは、人生において非常に大切なこと!!

というのは、大多数の人が理解していることの一つだと思います。

ほとんどの人が、風邪などの症状は経験していると思います。

風邪で体がしんどい状態になったり、数日間寝て過ごすことで、人は「健康」という、たいへん有難いものに気が付くことが多いのです。

しかし、また健康な状態が続くと、人は「健康」の有難さを忘れていきます。

そして、また風邪をひいたりして、そのことを思い出すということの繰り返しだと思います。

 

私自身も、普段は全く健康については無頓着な人間でおりました。

しかし、毎日の習慣を変えていくことで、体の調子が良い時でも、体へのコンディショニングの重要性が身をもって感じることができてきています。

 

最近では、健康でいられることで、毎日の仕事が行えたり、家族でどこか旅行にでかけたり、すきな運動をして気持ちの良い汗を流したりできることが当たり前のように思われますが、すごく幸せなことなんだなぁと日々感じております。

なので、日々のコンディショニングを整えていくような習慣は大切だと思っています。

 

おそらく、多くの方が、数十年先や高齢になってからの健康状態、または病気についてはたいへん興味を持っておられると思います。しかし、数週間後のあなた自身の体のことは、あまり考えていないように思うのです。

テレビなどでは、日々多くの健康番組が流れていますが、そのほとんどが、認知症についてや、高齢になってから歩けなくなるかも…その他もろもろ。先の未来についての不安をあおるような内容がほとんどだと思います。

しかし、健康を維持するということは、年をとってから病気しないということイコールではないように思います。

 

現時点での健康の維持が、「将来の自分の健康」につながっていくのではないでしょうか。

 

 なので、現時点での私自身が健康を維持する目的としては

  •  将来健康でいられることを目指して!
  • 現在の毎日がいきいきと過ごせるため!

です。

 

まぁ~当然と言えば当然の話だと思いますが、これが出来ていない人が多いこと…

ほとんどの方は、このことは頭ではわかっていると思います。

しかし、いざ実行に移すと思うと、

  • 何をしていいかわからない
  • 毎日が忙し過ぎて、そんな時間はない
  • めんどくさい

という意見が出てくると思います。

 

 正直、これ!!と言うものはないと思います。

人からこれが良い! テレビでこれが効く!

と、始めたものの、全く続かないことが多いと思います。

 

ちなみに、これが体に良いとは言っても、それだけで体が健康になるものは存在しないと思っています。

毎日の良い習慣を少しずつ改善していくことで、健康というのは維持できると思っています。

 

現在の、私自身の健康管理としては

  1. 十分な睡眠の確保(22時就寝ー5時起き)
  2. 食べ物
  3. 適度な運動

この3つは、健康を維持するうえでは、最低限大切なことだと思っています。

 

追伸:世界で活躍するトップセールスマンなどは、日々の健康管理(コンディショニング)をしっかり行っている方が多く、良い習慣を取り入れることを軽視していないということが多くの本にも書かれています。

毎日の仕事をいきいきと効率よくこなしていく上では、将来の健康よりも、日々の健康管理がとても重要なことに気づかされます。

少しずつ、良い習慣を取り入れていくことが出来れば、きっと毎日の体の状態は変わっていくと思います。

 

 

関連記事

 

sumi707.hateblo.jp

sumi707.hateblo.jp

 

 

 

同じ本でも、2度、3度読むと、1回目とは違った本になる?

読書 解釈 ニーチェ

f:id:sumi707:20170205103113j:plain

読書を習慣にするようになって、はや6~7年が経過しました。この間に読んだ本は、おそらく250冊以上(読書好きにしては少ないように思いますが…)。

多くの本の中には、自分自身が気に入った本があり、それについては、時間をおいて何度も読み込んでいます。

何度も同じ本を読むことにあたって、一つの発見が!!

それは、一回目読んだ感じと、2回目読んだ感じが違うということ。

書かれている文字は自体は、全く変化していないのに、自分自身の、「文字で書かれている内容のとらえ方が変わるということです」

しかも、違う本を何冊か読んで、時間が経ってから、また同じ本を読むと、再び違った感じとなります。

それは、なぜでしょう?

 

その理由は、人が何かを「見る・聞く・感じる」というのは、自分なりに好き勝手に解釈を行うことにあるのです。

 

ドイツの哲学者のニーチェ

『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』

という名言を残しています。

また、昔から言われていいることや、最近の脳科学でも、「その人が、物事について、何をどう解釈するだけのことであって、すべての人に一致する事実なんてないということ」がいわれています。

 

なので、同じ本を、誰かと誰かが読んで、その解釈の仕方は双方で全く異なってしまうのです。もし同じ人が、同じ本を読んでも、1回目と2回目で内容の解釈が違えば、これも同様に、全く異なったものとなるのです。

 

実際に、何度も読んでいる本の中には、最初は理解が難しいものであっても、今読めば、「なるほど~」と内容が少しわかるものもが多くあります。

 

なので、読書というものは、同じ本を読んでも同じではなく、同じ本でも違う解釈ができるようになれば、また違った本として扱うことが出来ると思います。

別の多くの本を読むというのも良いですが、時々は以前に読んだことのある本を読み返してみるのも、意外に良いのかもしれませんね(*'▽')

 

 

追伸:私の学生時代は全くと言っていいほど、「読書」とは無縁の関係でした。社会人となり、日常を送る中で、「自分には、知らないことが多すぎる!!」と痛感し、昔から現代にいたるまでの、「生き方」や「物事の考え方」についての本を読み漁りました。本には、自分の知らなかった「たくさんのありがたい内容」が在りました。それと同時に、人はすべてを知ろうとしがちですが、「人はほとんどのことを知らない」という事実も知ることになりました。

これからも、読書は楽しんでいこうと思っています(^o^)/